『身体の現在地』〜奥駈への道 第八回〜 撤退と決行の境界線

【事実】 

膝裏靱帯の怪我から6週間が経過した。

登山という膝の屈曲角度が浅い(0〜60度)動き、つまり「前後の直線運動」は、随分と楽にできるようになってきた。 

しかし、正座、あぐら、足を組む、しゃがむ、そしてそこから立ち上がるといった姿勢は、両脚の靱帯に鋭い痛みが走り、未だ不可能に近い。

靱帯の修復の加減は本当に難しい。
安静にし過ぎても組織が強固に癒着してしまうし、やり過ぎもさらに痛めてしまう。 

現在の可動域の制限や痛みは、修復過程における強固な癒着が原因であるが、それが本番までの残り2週間で魔法のように消え去り、元のしなやかな靱帯に戻ることは、生理学的に絶対にあり得ない。


【検証山行】 

実際の山岳環境で、現在の自分が『どこまで耐えられる身体なのか』。 その見極めを行うべく、私は検証山行として鈴鹿の山々へと向かった。

鈴鹿と大峯は、似ているところがあるが故に、ここで今の自分を確かめることができるのは有難い環境である。

結果は、椿大神社から御在所岳まで、自身の通常のペースであれば3時間で到達できるルートに4時間を要した。
これは、通常であれば約12時間で踏破する鈴鹿セブン全縦走において、15時間以上を消耗してしまうことを意味する。

しかし同時にこれは、傷ついた靭帯を保護するために意図的にペースを落とす「+30%のペースコントロール」が、実際の長距離でどれほどの時間を消耗するかという、極めてリアルで冷徹なデータでもあった。

 

【秘めていた200km往復計画】 

本来、この春に私が掲げていた計画は、吉野から熊野本宮大社、そして再び吉野へと引き返す「大峯奥駈道 200km・四泊五日」の往復修行であった。

しかし、現在の身体状況では、すでに不可能なことは確信している。強行突破に挑むことは、取り返しのつかない靭帯の断裂や、無用な遭難を招くリスクが極めて高い。

生体力学的な観点、そして危機管理の観点から、私は今回の往復プランを『延期』し、「片道縦走 100km」へと計画を変更する決断を下した。 


【可能性の糸と、最終検証】 

往復から片道へとプランを移行したとはいえ、大峯奥駈道100kmという道のりが、国内屈指の過酷な修験道である事実に変わりはない。

大峯本番のスタートラインに立つべきか、それとも今回のプロジェクト自体をすべて撤退(延期)すべきか。

希望的観測や根拠のない自信に頼るつもりはない。奇跡の回復を祈ることもない。 

しかし、身体の使い方やスピード制限、装備や補給の検証を細部まで行い、うまく調整することができれば、片道を踏破する可能性の糸はまだ繋がっていると思っている。

『正解なき最適解』 〜奥駈への道 第七回〜

【失敗という発見】 

補給エネルギーの内容について、出来る限りの試行錯誤を尽くした。

5日前、8kgの水歩荷(みずぼっか)を背負い、山に入った。
目的は、何度も山での検証を行い、試行錯誤の末に配合を完成させた1000kcalの特製ドリンク「SPD」の最後の実践検証である。

しかし結果は、3登目でまさかのハンガーノック(極度の低血糖・エネルギー枯渇状態)に陥ることとなった。 

理論上は完璧なカロリー計算と身体への負担の少ないナチュラルなものであったとしても、高負荷の環境下において、私の内臓と代謝システムには「液体による大量のカロリー摂取」は向かない。

その事実が、身体の拒絶反応をもって完全に証明された瞬間だった。


【実績】 

そして今日。未だハンガーノックによるダメージが抜けきらない中ではあるが、行動食を従来のジェルや固形物に切り替えて、再び山で検証を行った。 

結果は明白だった。数年間、共に過酷な山々を越えてきたという「実績」のあるものは、やはり消化吸収のサイクルが私の身体に最適化されており、圧倒的な信頼性がある。

自身の内臓疲労や代謝機能と徹底的に向き合い、最も大切なエネルギー源における、私にとっての「現時点での最適解」を再び導き出すことができた。

同時に、未だ痛みの残る修復途上の両脚の靱帯に対しても、テーピングの貼り方を毎回変え、着地衝撃と身体の感覚をすり合わせながらミリ単位の実験を繰り返している。

 

【取捨選択】 

この1ヶ月は、行動食も装備も新たなものを積極的に取り入れ、実戦テストを繰り返してきた。
ひとつでも新たな発見があればそれで良いという考えのもと、見事に機能し採用されたものもある一方、今回の特製ドリンクのように「除外」という判断を下したものも数多くある。

机上の空論ではなく、実際の山での身体の反応という「事実」だけを基準に、冷静に取捨選択を行った。


【流動する正解】 

徹底的な検証を経て、見えてきたことがある。

物事に「正解」はきっとある。
しかし同時に、絶対的な正解は「ない」のだ。

気温、湿度、疲労度、内臓の状態。
最適な装備や補給は、その時の自分と、タイミングと、場所によって常に変動する。

過去の成功体験が、次の山でもそのまま通用するとは限らない。 固定された正解に固執するのではなく、刻一刻と変わる状況に対し、その瞬間の最適解を感じ取り、柔軟に適応していく能力こそが最も大切なのではないか。


積み重ねの果てに】 

身体の適応も、装備の洗練も、一朝一夕には成し得ない。トライ&エラーという地道な作業を何度も繰り返し、ようやく見えてくる景色がある。

小さな検証と決断の反復が、やがて強固な装甲となる。

その積み重ねの果てにしか辿り着けない場所へ向かう過程こそが、面白いと感じる時間だ。

制限されたエネルギーが生み出した「新しい一歩」 〜奥駈への道 第六回〜

あの岩場での転倒による靭帯損傷から、およそ1ヶ月が経過した。
損傷した組織の修復には物理的な時間を要する。
そのため、現在もかつてのように、思い描くままに山を駆け回るような山行はできていない。

長距離山行へ向かえない日々、そして身体を極限まで追い込めない状況は、本来であれば強いフラストレーションを生む。
しかし、行き場を失ったその「動けないエネルギー」は、私をより重要な道へと導いてくれた。

それは、毎日限界まで「学び」と「試行錯誤」に時間を充てることである。


【気力から、論理へ】

気力と体力に頼るのではなく、自身の内側と装備の細部に、かつてないほどの解像度で向き合うことができている。

生体力学に基づいた身体の使い方の見直しや、弱点であった臀部周りの筋力強化。行動食の栄養素(脂質代謝と糖質代謝のバランス)や摂取タイミングの最適化。そして、装備の1グラム単位での軽量化と、パッキング術の再構築。

山を走れない分のすべてのエネルギーを、これら「極限の準備」へと注ぎ込み続けた。

 

【停滞ではなく、進化のプロセス】

もし怪我をせず、順調に山を走れていたならば、私はこれらの細かな、しかし致命傷になり得るエラーに気づかないまま、大峯の奥深くへと足を踏み入れていただろう。

動けない時間は、決して「停滞」ではなかった。

過去の自分の粗削りな部分を一度解体し、論理的かつ緻密に再構築するための、不可欠なプロセスだったのだ。

結果的に、思うような山行ができなかったこの1ヶ月間は、私という人間、そしてトレイルランナーとしてのこれからを大きく「アップデート」させる、新しい一歩の出来事となった。

大峯奥駈道という超長距離の修験道は、体力だけでは決して越えられない。
知性と論理、徹底した準備、そして「巡り来る運」が揃って初めて、生きて帰ることができる道だ。

怪我がもたらしたこの大きなアップデートを基盤に、さらに学びと準備を積み重ねていく。