「幻想の森と、極限に向けた実践的検証」〜奥駈への道 第五回〜

大峯奥駈道の南端部にあたる「南奥駈道(熊野本宮大社〜玉置神社)」の調査山行へと出向いた。

今回の目的は、実際のトレイル状況の把握と、本番を想定した装備の実践的なテストである。


【靱帯の保護と、身体コントロールの構築】

現在、両脚の靱帯は修復の途上にある。
そのため、下りでの着地衝撃を極力避けるべく、今回は標高を上げていく「登り中心」の行程を組んだ。

また、あえてペースを落とし、心拍数を上げずに進む訓練に重きを置いた。超長距離の山行において、心拍数を上げすぎることはフォームの崩れを生み、致命的な疲労や怪我に直結する。
今年行きたい山は、大峯奥駈道で終わりではない。

故に、可能な限り「身体へのダメージを抑える」術を、ここで確実なものにしておきたい。


【幻想的で力強い大峯の景色】

実際に足を踏み入れた南奥駈道は、やはり別格だった。 深い森に立ち込める空気、木の根が血管のように幾重にも這う険しい岩場や、静かに佇む祠と石仏(靡)、圧倒的に幻想的でありながら、命を脅かすような力強さも内包している。

この道が1300年もの間、修験者たちを惹きつけ、同時に拒んできた理由が肌で理解できる。

身の引き締まる思いだ。


【課題という最大の収穫】

今回、本番想定の装備でトレイルに入ったことで、多くの収穫があった。

変更したテーピングの感覚や脚周りの状態、行動食の摂取タイミングと内容について、明確な改善点が浮き彫りになった。 ぶっつけ本番で山に入っていれば、これら小さなズレの蓄積が、後半の致命傷になっていただろう。それを事前に洗い出せたことは、今回の調査山行における最大の実りである。

延期という決断がもたらした、この実践的な準備期間。 大峯奥駈道という強大な自然に対し、少しずつ、しかし確実に研ぎ澄まされていくのを感じている。

次は、北奥駈道へ。

まだまだ、準備を重ねていく。

「破壊と修復・水歩荷の導入と延期の決断」〜奥駈への道 第四回〜

前回の転倒による靭帯損傷から、自身の身体、とりわけ「組織の修復プロセス」と向き合っている。

筋肉と違い、靭帯や腱には血管がほとんど通っていない。そのため、一度炎症や微小断裂が起きると、完全な修復には数週間から月単位の時間を要する。

これまでも何度か捻挫を経験してきたが、昨年の捻挫がある程度良くなるまでには「丸一年」という途方もない時間を要した。

理由は明白だ。組織が修復されるスピードよりも、山を走って破壊するスピードの方が上回っていたからである。それが、一年間も足首の痛みを引きずることになった根本原因であることは、医学的な事実として理解している。

【愚行権】

完全に治るまで休むのが「正しい」選択。
その理屈は分かっている。

分かってはいても、それでも山へ向かってしまう。

「山へ行きたいから、行く」。

それは正解からは完全に逸脱した、人間としての「愚行権」の行使なのかもしれない。しかし、私はそれを有意に行使しても良いのではないかと思っている。

身体にとっての「正しいこと」ばかりを選択し、安全な枠の中にだけ留まっていたら、人生はあっという間に退屈でつまらないものになってしまうからだ。


【水歩荷(みずぼっか)トレーニング】

山への想いを満たしながら、靭帯へのダメージを防ぐ。
その矛盾を解決するために、現在は登り特化型の「水歩荷トレーニング」を取り入れている。

下り坂での着地衝撃は体重の数倍に達し、筋肉が疲労するとその負荷は直接靭帯へとのしかかる。そのリスクを極限まで削りつつ、登坂に必要な実戦的な心肺機能と筋力を鍛えるための工夫だ。

1. 7kgの水を入れたザックを背負い、山を登る。
2. 頂上に着いたら、その水を自然に還す。
3. 着地衝撃の大きい下りは「空身」で安全に下山する。
4. 麓で再び水を汲み、頂上へ向かう。

これを三往復も繰り返せば、近所の里山であっても、累積標高は軽く1,000mを超えるトレーニングになる。情熱を絶やさず、かつ論理的に身体を鍛え上げる、今の私にできる最善の策だ。



【延期の決断】

4月末に予定していた大峯奥駈道の挑戦を、「5月中旬」へと延期する計画を組み立てている。

時期を2週間遅らせるだけで、山中の気温はグンと上がる。
体力の消耗や熱中症のリスクなど、環境としての負荷は確実に跳ね上がるだろう。しかし、その期間分「靭帯修復の猶予」が得られる。

発汗や体温上昇への適応(暑熱順化)という新たな課題は増えるが、トータルで天秤にかけた時、その2週間がある方が、あの修験道を踏破できる確率は間違いなく高くなるはずだ。

本番までの調整期間が、約1ヶ月強となった。

この貴重な追加期間を、靭帯の修復と再構築に充てるための「神様からのギフト」だと受け取り、来るべき初夏の奥駈に向けて、静かに心身を研ぎ澄ませていく。

「怪我の功名」〜奥駈への道 第三回〜

物事には、おおよそ『原因と結果』がある。
それを見つめ直す、良いキッカケとなった出来事があった。

2週間前の山行。
急な下りの岩場でのちょっとしたミスからバランスを崩し、3回転する大転倒をした。両膝や太腿、腕、背中を激しく強打し、特に左脚の靭帯と骨膜を大きく損傷してしまった。

これまでも、学びを大切にし試行錯誤を積み重ねてきたが、厳しい山行になればなるほど、自分なりの「脚力」と「気力」に頼りきっていた節がある。

だが、最後は気力で乗り越えられてしまうが故に、細部にある自分の欠点に気付かず、正面から向き合うことをおろそかにしていたのだ。

もしこの怪我がなければ、今までと同じ自分のまま、成長を先送りにしていただろう。
困難はチャンスであり、新しい世界への入り口。
着実に、大峯奥駈道への道が拓けていると感じている。
 

本番まで、残り1ヶ月。
怪我により「身体は思うように動かせないが、頭は動かせる」という時間と環境ができた。

今まで気力と体力で乗り切っていたことを改善するチャンスを与えられたのだ。

小さなことを疎かにせず、ひとつひとつ見直して改善していく。
時には、立ち止まることの大切さを、今身をもって実感している。

身体のエラー(筋力不足や使い方の癖)を「気力」という精神論でカバーし続けていれば、100kmを超える超長距離の過酷な環境において、必ずどこかで物理的な破綻(怪我)をきたしていたはずだ。

今回の怪我がなければ、これらに気付かないまま大峯に入り、確実に挑戦は途中で崩れていただろう。

まさに『怪我の功名』。

まだまだ成長していく。