『上善如水』〜奥駈への道 第十回〜

いよいよ明日、大峯奥駈道へ出発する。

これまで、装備の徹底的な軽量化から、食事管理、怪我をカバーするための生体力学的な検証まで、自分なりに考えうる限りの準備をしてきた。

この過酷な修験道を踏破するための試行錯誤を、ひたすらに積み重ねてきた日々だった。

けれど、大峯という深く険しい自然の中で、天候や気温、小屋の状況、そして刻々と変わる自分自身の体調を100%コントロールすることなど、絶対に不可能だ。

準備というものは、本番で予定通りに事を進めるためのものではなく、想定外のトラブルや「不完全な状況」に直面した時に発揮する、『適応力』を育んでおくものだと、私は思う。

リスクを受け入れ、適応しながら前へ進む。

古代中国の思想家、老子の言葉に「上善如水(じょうぜんみずのごとし)」という教えがある。

最高の在り方とは、水のように自らの形を固定せず、環境に合わせて柔軟に変化し、決して止まることなく流れ続けること。

これまで「選択と集中」で練り上げてきた計画と実践。

だが、ここから先は「理論」という硬い氷を、自らの手で溶かしていく。そして、大峯の起伏や自分自身の痛みに合わせて、どこまでも柔軟に適応する『水』になる。

この極限の道のりを、ひとつの壮大な音楽のように、最後まで奏で切れるよう、全力を尽くしてきます。

いざ、大峯奥駈道へ!

『身体との対話、そして大峯へ』〜奥駈への道 第九回〜

【最後の検証山行】 

大峯奥駈道の本番を見据え、近くの里山へ最後の検証山行に行ってきた。 距離28km、累積標高2550m、7時間の道のりだ。

目的は『速さ』ではなく、今の痛めている靱帯の状態に合わせ、通常時の「+30%」の時間をたっぷりとかけ、心拍数を上げすぎずに淡々と進むこと。

焦らず、自分の身体の声を聞きながら、一歩一歩。

 

【衝撃を逃がす】 

今月の山行で大きな変更点となったのが、トレッキングポールの投入だ。実は2年間ほど壊れたまま眠っていたのだが、急遽修理に出して復活させた。

もちろん、ポールを使うのは「登りの推進力を得てスピードを上げるため」ではない。すべては、靱帯への負荷を少しでも軽減させるためだ。

歩幅を小さくしてスピードを落とし、足が着地するよりもコンマ数秒早くポールを突く。そうすることで、膝や腸脛靭帯にかかる衝撃(体重)を、強制的に上半身へと逃がすことができる。 

実際にやってみると、靱帯への負荷が物理的に20〜30%ほど削減されているのが実感できる。

この「上半身へエネルギーを持続的に逃す動き」を支えるため、ここ最近はポールの動きに特化した上半身の筋トレも地道に続けてきた。


【身体の動きに合わせて】 

身体の使い方を変えれば、必要なエネルギーの量も変わる。

ポールを使って上半身を積極的に稼働させるということは、当然ながら体内での「糖質代謝」がいつも以上に活発になる。

そこで今回は、行動中の1時間あたりの摂取カロリーを、これまでの平均180kcalから「240kcal」へと引き上げて検証を行った。

これ以上増やすとザックの重量オーバーに繋がるうえに、内臓に負担がかかるリスクが上がるため、現在の私には「240kcal/h」が最も効率的なスイートスポットであることが分かった。

 

【大峯奥駈道へ】 

検証山行に行くたびに、「こうすればもっと良くなるのでは?」という新しいアイデアや発見、そして改善点が見つかる。
このトライ&エラーの過程が、本当に楽しくて仕方がない。

しかし、いよいよ疲労を抜く期間に入ったため、本番当日まで長距離の山行はもうできない。
ここから先、未知のトラブルが起きたとしても、あとは大峯奥駈道の現場で直接対処していくことになる。

今春の挑戦。
最後まで踏破できるかどうかは、正直なところ今の私にはわからない。 

けれど、やれるだけの準備と検証はやってきた。
あとはもう、挑戦するだけだ。

もし本番で靱帯が悲鳴を上げ、これ以上は進めないと判断したなら、その時は潔くエスケープ(下山)すればいい。

不安も痛みもあるが、今はただ、あの奥駈の道に立つ日が待ち遠しい。

『身体の現在地』〜奥駈への道 第八回〜 撤退と決行の境界線

【事実】 

膝裏靱帯の怪我から6週間が経過した。

登山という膝の屈曲角度が浅い(0〜60度)動き、つまり「前後の直線運動」は、随分と楽にできるようになってきた。 

しかし、正座、あぐら、足を組む、しゃがむ、そしてそこから立ち上がるといった姿勢は、両脚の靱帯に鋭い痛みが走り、未だ不可能に近い。

靱帯の修復の加減は本当に難しい。
安静にし過ぎても組織が強固に癒着してしまうし、やり過ぎもさらに痛めてしまう。 

現在の可動域の制限や痛みは、修復過程における強固な癒着が原因であるが、それが本番までの残り2週間で魔法のように消え去り、元のしなやかな靱帯に戻ることは、生理学的に絶対にあり得ない。


【検証山行】 

実際の山岳環境で、現在の自分が『どこまで耐えられる身体なのか』。 その見極めを行うべく、私は検証山行として鈴鹿の山々へと向かった。

鈴鹿と大峯は、似ているところがあるが故に、ここで今の自分を確かめることができるのは有難い環境である。

結果は、椿大神社から御在所岳まで、自身の通常のペースであれば3時間で到達できるルートに4時間を要した。
これは、通常であれば約12時間で踏破する鈴鹿セブン全縦走において、15時間以上を消耗してしまうことを意味する。

しかし同時にこれは、傷ついた靭帯を保護するために意図的にペースを落とす「+30%のペースコントロール」が、実際の長距離でどれほどの時間を消耗するかという、極めてリアルで冷徹なデータでもあった。

 

【秘めていた200km往復計画】 

本来、この春に私が掲げていた計画は、吉野から熊野本宮大社、そして再び吉野へと引き返す「大峯奥駈道 200km・四泊五日」の往復修行であった。

しかし、現在の身体状況では、すでに不可能なことは確信している。強行突破に挑むことは、取り返しのつかない靭帯の断裂や、無用な遭難を招くリスクが極めて高い。

生体力学的な観点、そして危機管理の観点から、私は今回の往復プランを『延期』し、「片道縦走 100km」へと計画を変更する決断を下した。 


【可能性の糸と、最終検証】 

往復から片道へとプランを移行したとはいえ、大峯奥駈道100kmという道のりが、国内屈指の過酷な修験道である事実に変わりはない。

大峯本番のスタートラインに立つべきか、それとも今回のプロジェクト自体をすべて撤退(延期)すべきか。

希望的観測や根拠のない自信に頼るつもりはない。奇跡の回復を祈ることもない。 

しかし、身体の使い方やスピード制限、装備や補給の検証を細部まで行い、うまく調整することができれば、片道を踏破する可能性の糸はまだ繋がっていると思っている。