前回の転倒による靭帯損傷から、自身の身体、とりわけ「組織の修復プロセス」と向き合っている。
筋肉と違い、靭帯や腱には血管がほとんど通っていない。そのため、一度炎症や微小断裂が起きると、完全な修復には数週間から月単位の時間を要する。
これまでも何度か捻挫を経験してきたが、昨年の捻挫がある程度良くなるまでには「丸一年」という途方もない時間を要した。

理由は明白だ。組織が修復されるスピードよりも、山を走って破壊するスピードの方が上回っていたからである。それが、一年間も足首の痛みを引きずることになった根本原因であることは、医学的な事実として理解している。

【愚行権】
完全に治るまで休むのが「正しい」選択。
その理屈は分かっている。
分かってはいても、それでも山へ向かってしまう。
「山へ行きたいから、行く」。
それは正解からは完全に逸脱した、人間としての「愚行権」の行使なのかもしれない。しかし、私はそれを有意に行使しても良いのではないかと思っている。

身体にとっての「正しいこと」ばかりを選択し、安全な枠の中にだけ留まっていたら、人生はあっという間に退屈でつまらないものになってしまうからだ。

【水歩荷(みずぼっか)トレーニング】
山への想いを満たしながら、靭帯へのダメージを防ぐ。
その矛盾を解決するために、現在は登り特化型の「水歩荷トレーニング」を取り入れている。

下り坂での着地衝撃は体重の数倍に達し、筋肉が疲労するとその負荷は直接靭帯へとのしかかる。そのリスクを極限まで削りつつ、登坂に必要な実戦的な心肺機能と筋力を鍛えるための工夫だ。
1. 7kgの水を入れたザックを背負い、山を登る。
2. 頂上に着いたら、その水を自然に還す。
3. 着地衝撃の大きい下りは「空身」で安全に下山する。
4. 麓で再び水を汲み、頂上へ向かう。

これを三往復も繰り返せば、近所の里山であっても、累積標高は軽く1,000mを超えるトレーニングになる。情熱を絶やさず、かつ論理的に身体を鍛え上げる、今の私にできる最善の策だ。


【延期の決断】
4月末に予定していた大峯奥駈道の挑戦を、「5月中旬」へと延期する計画を組み立てている。

時期を2週間遅らせるだけで、山中の気温はグンと上がる。
体力の消耗や熱中症のリスクなど、環境としての負荷は確実に跳ね上がるだろう。しかし、その期間分「靭帯修復の猶予」が得られる。

発汗や体温上昇への適応(暑熱順化)という新たな課題は増えるが、トータルで天秤にかけた時、その2週間がある方が、あの修験道を踏破できる確率は間違いなく高くなるはずだ。

本番までの調整期間が、約1ヶ月強となった。
この貴重な追加期間を、靭帯の修復と再構築に充てるための「神様からのギフト」だと受け取り、来るべき初夏の奥駈に向けて、静かに心身を研ぎ澄ませていく。

